中国新聞寄稿記事「私の比治山」に寄せて 
         

 東京皆実有朋会会長 岡村有人(皆実16期)

 最近、広島駅に降り立って思うのは、装い新たな駅が海外からの人々で賑わっていて、この街が真の国際都市になりつつあるな、ということです。加えてマツダスタジアムでのカープのホーム試合の日ともなれば一層活気を帯びて、ここは新宿駅かと見まがう賑わい振りですが、私が育った戦後まもなくの広島には未だ被爆の傷跡が深く残っていて、今日のこの広島の姿を夢見ることすら無理な話でした。

 昭和20年代、比治山南西の麓にあった我が家での自給自足の生活、そして私の原風景ともいえる比治山とそれを取り巻く自然のことに思いを馳せる時、戦後のあの時代は物質的には貧しかったけれども、将来への希望を持たせてくれた心豊かな時代であったかもしれないとつくづく思います。そんな思いを込めて若かりし頃の比治山のことを4月の後半中国新聞に8回連載で書きました。当時広島市街には高層ビルは無く、比治山に登ると広島湾に浮かぶ島々や旧広島市の全貌を一瞥できて希望の象徴でした。一方、皆実高校の学窓からは比治山を望むことができて、春霞の桜や秋空に映える紅葉の錦絵は多感な少年少女たちの心の奥深くに刻まれて、広島人としてのアイデンティティーのようなものが芽生えていったのではないかと思います。想い出を共有される皆さんも多いのではないでしょうか。以下に全文を掲載いたしましたので、お目通し下されば嬉しいです。

※参考 比治山公園の概要(広島市のホームページ)別ページで開きます

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