酒井原 良松(さかいばら よしまつ)名誉会長は、1993年の東京皆実有朋会設立と同時に副会長に就かれ、ひと回り先輩の初代会長・故 石橋佳子様を支えて、当会の活動基盤を今日へと続く盤石なものにされました。2010年10月には会長となり2018年10月まで4期8年間にわたり東京皆実有朋会の発展を牽引くださいました。
酒井原さんと最後に話したのは今年7月、受話器越しでした。その際の声が弱々しかったのが気にかかっていましたが、ご子息からSMSメッセージを受け取った時、胸騒ぎが現実のものになったことを知りました。コロナ禍直前の2020年1月の役員新年会にご参加くださったのが、楽しくご一緒させていただいた最後となりました。
昭和6年(1931年)10月10日に生を受けた酒井原さんの幼少期は、日本の戦前戦後の混迷期と隣り合わせで、波乱万丈であったと察せられます。軍人一家に育ち、自らも中学1年で陸軍幼年学校に入学されたと聞きましたが、終戦に伴い広島一中(現 国泰寺高校)に復学。戦後の学制改革(高等学校再編成)で昭和24年(1949年)春に母校広島皆実高等学校に第1期生として転属となり、翌年3月卒業して東京大学法学部へ進まれました。東大卒業後は建設機械メーカーの小松製作所に就職され、秘書室や広報宣伝部、企画部などの要職を経て系列会社の社長を務められました。
また、東大在学中に始めたヨットでは全日本級の大会で活躍され、昭和35年(1960年)のローマオリンピックに日本代表として出場されています。酒井原さんにとってヨットは人生の一部であり、生涯欠かすことのできない存在であったことは想像に難くありません。平成2年(1990年)には、自らの夢を託したオーダーメイドのヨットを造船会社を通じて製作。終生この船を愛し、マリンライフを楽しまれたと伺いました。
かつて東京皆実有朋会設立当初の役員の方々から、横浜に停泊するこのヨットで沖に出て、酒井原さんの手料理に舌鼓を打ったという話をお聞きし、羨ましく思ったものです。グルメにも目がないダンディな方でした。
毎年の集い/総会で、会員の皆様と打ち解けてお話しになる酒井原さんの染み出てくる穏やかな笑顔はもう見ることができません。寂しくなりました。
酒井原さんが残された功績に感謝するとともに、謹んでご冥福をお祈りいたします。
令和5年10月25日
東京皆実有朋会 会長 岡村 有人
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